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舛添要一の現在は?77歳の仕事・収入・テレビ出演と政治復帰の可能性を徹底解説

新井 朋也 新井 朋也 • 更新: • 公開: • 読了約 20 分
目次

2026年10月現在、元東京都知事の舛添要一氏は77歳。現在も国際政治学者・政治評論家として活動し、テレビ番組への出演、YouTubeでの情報発信、新聞・ウェブメディアへの寄稿、著書の出版などを続けている。東京都知事を辞職してから10年が経過したが、政治や国際情勢に関する発言は現在もメディアで取り上げられている。

2026年には祥伝社新書から『中国の逆襲――習近平の戦略』を出版。JBpressでは国際情勢を中心とする記事を継続的に執筆し、10月22日にはNewsPicksのYouTube番組にも出演した。一方、現在の具体的な年収や政治家としての復帰については、仕事の実態と本人の発言を分けて理解する必要がある。

【2026年10月現在】舛添要一は何をしている?77歳の肩書と活動

舛添要一現在

舛添要一氏は、東京都知事を辞職した後も政治・外交分野での評論活動を続けている。現在の基本的な肩書は国際政治学者、政治評論家であり、本人の公式サイトでは株式会社舛添政治経済研究所の所長として紹介されている。

現在の仕事は、かつてのように行政を直接動かす政治家としての活動ではない。国際政治の分析や日本の政治情勢に関する論評を、テレビ、インターネット、書籍、ウェブメディアなどを通じて発信する仕事が中心になっている。

77歳でも続く国際政治の評論活動

舛添氏は1948年11月29日、福岡県に生まれた。2026年10月30日時点では77歳で、2026年11月29日に78歳を迎える。

現在の発信テーマは、アメリカのトランプ政権、中国の習近平政権、ロシア、中東情勢、欧州政治、日本の外交・安全保障など幅広い。

とりわけ中国政治については、東京都知事時代の北京との都市外交や、国際政治学者としての研究経験を背景に、継続的に論評している。

東京都知事を辞めたことで政治との関係が完全に途切れたわけではない。むしろ、行政の意思決定を担う立場から、国内外の政治を分析して発信する立場へと活動の軸が移った形だ。

舛添政治経済研究所は現在も活動の基盤

舛添政治経済研究所は、1989年に設立された舛添氏の活動基盤である。本人の公式プロフィールでは、2016年7月以降も株式会社舛添政治経済研究所の所長として記載されている。

政治家としての公職を離れた後も、研究所の名称を冠した活動と個人名による評論・執筆を続けている点は、現在の仕事を理解するうえで重要だ。

【テレビ・YouTube出演】2026年の舛添要一のメディア活動

舛添氏は2026年もテレビやインターネット番組に出演している。ただし、毎週決まった番組を担当するレギュラー出演者というより、政治・外交などの専門分野について意見を求められる解説者としての出演が目立つ。

2026年のテレビ出演実績

2026年2月25日には、BS11の「報道ライブ インサイドOUT」に生出演。高市早苗首相の政治手法や国会運営について、国際政治学者の立場から意見を述べた。

加えて、2026年9月26日放送の日本テレビ系「そこまで言って委員会NP」にも出演した。この回は「東京VS地方!一極集中は悪なのか?格差SP!」をテーマに、東京都の税収や地方との格差、副首都構想などについて議論する内容だった。

番組では、東京都知事を経験した立場から、都政と国との関係についても発言。かつて安倍晋三氏が首相、菅義偉氏が官房長官だった時代に、国との調整に苦労した経験を振り返っている。

こうした出演からは、舛添氏が現在も政治・行政の経験を持つ論客として番組に起用されていることが分かる。

公式YouTubeチャンネル「舛添要一、世界と日本を語る」

舛添氏は自身のYouTubeチャンネル「舛添要一、世界と日本を語る」でも情報を発信している。

チャンネルの紹介文では、国際政治の力学や紛争、戦争、地球温暖化、感染症などの問題を取り上げ、学者と政治家の両方を経験した視点から解説することを掲げている。

2026年10月20日に公開された動画のタイトルは「55万人デモ フランス激震 マクロン政権危機」。フランスの大規模デモや政治情勢を扱った内容で、国内政治だけでなく海外の最新ニュースにも重点を置いている。

ユーチュラの2026年10月30日集計では、同チャンネルの登録者数は約1万6200人、動画数は296本、累計再生回数は約195万回となっている。個人の専門知識を直接視聴者に届ける媒体として継続的に運営されている。

NewsPicksへの出演も話題に

2026年10月22日には、NewsPicksのYouTube番組「『選挙に落ちたら、ただの人』手のひら返しは本当にある?落選政治家の天国と地獄」に出演した。

出演者には舛添氏のほか、元衆議院議員の中谷一馬氏や吉田あや氏らが参加。選挙に落選した政治家の仕事や収入、その後の生活などをテーマに議論した。

この出演は、舛添氏自身のチャンネルで配信する通常の政治解説とは異なり、NewsPicks側が企画した番組へのゲスト出演である。自身のYouTube活動と、他社の動画メディアへの出演は区別しておきたい。

【JBpress連載・最新著書】2026年も続く執筆活動と中国研究

現在の舛添氏を語るうえで、テレビ出演と並んで重要なのが執筆活動だ。特に2026年は、国際政治をテーマにした記事と新刊の出版が目立っている。

JBpressでは国際情勢を継続的に解説

舛添氏はJBpressで執筆活動を続けている。2026年10月24日には、フランスの大規模デモやマクロン政権の改革をテーマにした記事「55万人デモで揺れるフランス、マクロン改革はなぜ行き詰まったのか…財政危機と格差拡大の深層」を公開した。

10月17日には高市政権の外交戦略、10月10日にはフランスの社会分断、10月3日にはイギリスのEU離脱を扱う記事を掲載している。

記事のテーマは日本国内の政局だけに限定されない。ヨーロッパの選挙、移民問題、外交、安全保障など、国際政治の動きを歴史的な背景と結び付けて論じている。

政治家としての経験に加え、東京大学で政治学を研究してきた経歴を生かした執筆活動が、現在の主要な仕事の一つになっている。

2026年4月発売『中国の逆襲――習近平の戦略』

2026年の新刊として注目されるのが、祥伝社新書から発売された『中国の逆襲――習近平の戦略』だ。

発売日は2026年4月2日。248ページの新書で、著者は舛添要一氏。中国の近代史から現代の習近平体制までを取り上げ、中国という国家の戦略と政治構造を読み解く内容になっている。

本書では、毛沢東、鄧小平、習近平という中国の指導者を「現代の皇帝」という視点から捉え、中国が経験した近代の歴史と現在の国際関係を結び付けている。

2025年11月以降の日中関係の緊張も背景にあり、台湾問題や中国の歴史認識を考えるうえで、著者の問題意識が反映された一冊だ。

東京都知事時代には北京との都市外交にも取り組んだ舛添氏にとって、中国研究は単なる時事評論ではない。外交の現場を経験した政治家としての視点と、国際政治学者としての歴史分析が重なるテーマでもある。

2026年までの主な著書

近年の出版活動を見ると、舛添氏が継続的に国際政治や世界史をテーマにしていることが分かる。

  • 2023年6月:『プーチンの復讐と第三次世界大戦序曲』(集英社インターナショナル新書)
  • 2024年3月:『現代史を知れば世界がわかる』(SBクリエイティブ)
  • 2025年7月:『21世紀の独裁』(祥伝社新書)
  • 2026年4月:『中国の逆襲――習近平の戦略』(祥伝社新書)

これらの著書に共通するのは、世界の政治指導者や国家の行動を、歴史的な背景から読み解こうとする姿勢だ。現在の舛添氏の仕事は、政治家として再び選挙に出ることよりも、国際政治を分析し、読者や視聴者に伝えることに重心がある。

【経歴・年表】東大助教授から厚生労働大臣、東京都知事へ

舛添氏の現在の活動を理解するには、政治家になる以前の学者としての経歴も押さえておきたい。

東京大学法学部を卒業後、フランスやスイスで国際政治を研究。帰国後は東京大学教養学部の助教授を務めた。その後、テレビなどで政治評論を行い、2001年に参議院議員へ転身している。

以下は、本人の公式プロフィールや全国知事会などの公的プロフィールに基づく主な経歴だ。

時期 経歴・出来事 主な内容
1948年11月29日 福岡県で誕生 2026年10月時点で77歳
1971年 東京大学法学部卒業 政治学科を専攻
1973~1978年 海外で研究活動 パリ、ジュネーブなどで国際政治を研究
1979年 東京大学教養学部助教授 政治学・政治史を担当
1989年 舛添政治経済研究所を設立 所長として活動
2001年 参議院議員に初当選 以降、2期務める
2007年8月 厚生労働大臣に就任 安倍内閣で初入閣
2008年 厚生労働大臣を続投 福田内閣、麻生内閣でも在任
2010年 新党改革代表 政党代表として活動
2014年2月 東京都知事に当選 東京都知事として1期目
2016年6月21日 東京都知事を辞職 政治資金や公用車、海外出張をめぐる問題が背景
2016年7月以降 舛添政治経済研究所所長 研究・評論・執筆活動を継続
2026年4月 『中国の逆襲』発売 国際政治に関する最新著書
厚生労働大臣時代の実績

舛添氏は2007年8月、安倍晋三内閣で厚生労働大臣に就任した。その後、福田康夫内閣、麻生太郎内閣でも同職を務め、2009年9月まで厚生労働行政の責任者を担った。

当時は年金記録問題や医療、社会保障などが政治の大きな課題となっていた。厚生労働大臣としての経験は、舛添氏の政治家としての知名度を高める大きな転機だった。

その後、2010年に新党改革の代表となり、2014年の東京都知事選で当選。国政から地方自治体のトップへと活動の場を移した。

【都知事辞職理由】2016年に何が起きた?辞任後の10年間

舛添氏の現在を調べる読者が気にするのが、東京都知事を辞めた理由だろう。

舛添氏は2014年2月に東京都知事に当選したが、2016年には海外出張費、公用車の使用、政治資金の支出をめぐる問題が相次いで批判された。

辞職の背景となった3つの問題

当時、特に大きな問題となったのは次の3点だ。

  • 海外出張費:海外出張での高額な航空運賃や宿泊施設の利用が問題視された。
  • 公用車の使用:公用車を私的な目的にも使用していたのではないかという批判が起きた。
  • 政治資金の支出:政治資金を使った飲食や宿泊などについて、政治活動との関係や支出の適切性が問われた。

東京都の都政改革本部が2016年12月にまとめた内部統制プロジェクトチームの報告書でも、高額な海外出張、公用車の不適切な運用、政治資金の不適切な使用が問題として整理されている。

舛添氏は2016年6月15日に辞職願を提出し、6月21日付で東京都知事を辞職した。都議会では不信任決議案が可決される見通しとなり、政治的な批判と都政の停滞を避ける必要性が辞職の背景となった。

辞職後は政治家から評論家へ

都知事辞職後、舛添氏は再び政治評論や国際政治の解説、執筆活動を中心とする生活に戻った。

東京都知事という公職を離れたことで、行政の意思決定に直接関わる機会はなくなった。一方、政治・外交に関する知識や過去の行政経験をメディアで発信する活動は継続している。

この10年間で大きく変わったのは、政治への関わり方だ。知事時代は都政の責任者として判断を下す立場だったが、現在は政治を外側から分析し、論評する立場にある。

辞職に至った経緯は現在の評判にも影響する重要な出来事だが、2016年の問題と2026年現在の学術・評論活動は、それぞれ分けて評価する必要がある。

【現在の収入・評判・政治復帰】NewsPicksで語った落選後の実情

2026年10月22日のNewsPicks出演で特に注目されたのが、舛添氏が語った選挙と収入の関係だ。

落選後の収入は「全然変わってない」

NewsPicksの番組では、政治家が選挙に落選した後、仕事や収入がどう変わるのかというテーマが取り上げられた。

舛添氏は自身が1999年に東京都知事選へ出馬し、落選した経験を振り返った。選挙期間中は1~2か月ほど仕事を中断するものの、落選すればテレビ出演などの仕事に戻るため、当時の収入は大きく変わらなかったと説明している。

「(収入は)全然変わってないですね」

この発言で注意したいのは、話題になった収入が1999年の東京都知事選で落選した後の状況だという点だ。2016年の都知事辞職後の収入や、2026年現在の年収について語ったものではない。

舛添要一の現在の年収はいくら?

2026年10月時点で、舛添氏の具体的な年収や資産額を示す本人の公表資料は確認できない。

現在の仕事として確認できるのは、舛添政治経済研究所の所長としての活動、テレビやインターネット番組への出演、JBpressなどへの記事執筆、書籍の出版などだ。

これらの活動には、出演料、原稿料、講演料、著書の印税などが関係する可能性はある。しかし、個別の契約金額や年間の収入内訳は公開されていないため、年収を具体的な金額で断定することはできない。

特に、1999年の落選後に収入が変わらなかったという発言を、そのまま現在の経済状況に当てはめるのは誤りだ。現在の収入を知るうえでは、過去の発言と現在の公開情報を混同しないことが大切になる。

現在の評判は?政治家時代と専門家としての評価

舛添氏の現在の評判には、政治家時代の評価と国際政治学者としての評価という、異なる側面がある。

東京都知事時代の辞職問題は、政治資金や公用車、海外出張をめぐる批判として記憶されている。都政を担った政治家としての信頼性を考える際、この経緯は避けて通れない。

一方、2026年現在もJBpressで国際政治を分析し、テレビ番組で政治や行政について発言していることから、専門家としての知見を求めるメディア需要は続いている。

特に中国、フランス、アメリカなどの政治情勢を継続的に取り上げている点は、学者としての専門性を生かした活動だ。

つまり、政治家時代の評価がすべて回復したという話でも、評論家としての仕事が失われたという話でもない。過去の都政運営に対する評価と、現在の言論活動に対する評価は切り分けて考える必要がある。

舛添要一が政治家に復帰する可能性は?

政治復帰については、2026年10月30日時点で、国会議員や東京都知事などの公職に就いている事実はない。また、今回確認できる公式プロフィールや直近の活動情報からは、新たな選挙への出馬を具体的に表明した動きも確認できない。

2026年の活動を見る限り、現在の中心は研究、評論、執筆、メディア出演である。NewsPicksへの出演も、落選経験を持つ政治家として過去を語る企画であり、政界復帰を表明したものではない。

もちろん、将来の出馬可能性そのものを完全に否定することはできない。しかし、政治的な発言を続けていることと、実際に選挙へ出馬することは別問題だ。

現状では、政治家として再び行政を担うよりも、国際政治学者・政治評論家として活動を続ける姿が確認できる。

【舛添要一の現在】に関するよくある質問(FAQ)

Q1:舛添要一は2026年現在、何歳ですか?
A1:1948年11月29日生まれで、2026年10月30日時点では77歳です。2026年11月29日に78歳を迎えます。

Q2:舛添要一は現在何をしていますか?
A2:国際政治学者・政治評論家として活動しています。舛添政治経済研究所の所長を務め、テレビ出演、YouTubeでの情報発信、JBpressへの執筆、書籍出版などを続けています。

Q3:舛添要一の現在の年収はいくらですか?
A3:2026年現在の具体的な年収は公表されていません。1999年の東京都知事選に落選した後の収入については、仕事に復帰したため大きく変わらなかったと本人が2026年10月のNewsPicks出演で説明しています。

Q4:舛添要一は現在もテレビに出演していますか?
A4:出演しています。2026年2月にはBS11「報道ライブ インサイドOUT」、9月には日本テレビ系「そこまで言って委員会NP」に出演しました。

Q5:舛添要一のYouTubeチャンネル名は何ですか?
A5:「舛添要一、世界と日本を語る」です。国際政治、アメリカ、中国、欧州情勢、日本の政治などをテーマに解説動画を公開しています。

Q6:舛添要一の最新著書は何ですか?
A6:2026年4月2日に祥伝社新書から発売された『中国の逆襲――習近平の戦略』です。中国の近代史や毛沢東、鄧小平、習近平の政治戦略などを扱っています。

Q7:舛添要一が東京都知事を辞めた理由は何ですか?
A7:高額な海外出張費、公用車の使用、政治資金の不適切な支出などをめぐって批判が高まり、2016年6月21日付で辞職しました。

Q8:舛添要一が再び政治家になる可能性はありますか?
A8:将来の可能性は否定できませんが、2026年10月時点で具体的な出馬表明は確認できません。現在は国際政治の評論や執筆活動が中心です。

2026年10月現在の舛添要一氏は77歳。東京都知事を辞職してから10年が経過した現在も、国際政治学者・政治評論家として精力的に活動している。

テレビ番組への出演に加え、自身のYouTubeチャンネル「舛添要一、世界と日本を語る」、JBpressでの執筆、2026年4月発売の『中国の逆襲――習近平の戦略』など、発信の場は複数に広がっている。

2026年10月22日のNewsPicks出演では、1999年の東京都知事選で落選した後の収入について、テレビなどの仕事に復帰したため大きく変わらなかったと振り返った。ただし、現在の年収や資産額は明らかになっていない。

政治復帰についても、現段階では具体的な出馬表明は確認されておらず、評論・研究・執筆が活動の中心だ。

舛添要一氏の現在を理解するうえで重要なのは、2016年の都知事辞職という過去だけで人物像を固定しないことだ。政治家としての実績と失敗、学者としての専門性、そして2026年現在の発信活動をそれぞれ確認することで、現在の舛添氏の姿がより立体的に見えてくる。

今後も国際情勢や日本の外交政策をめぐる発言、テレビ出演、新刊の出版などが注目される。

主な情報確認先: 舛添要一公式サイト、東京都の都政改革本部報告書、全国知事会、祥伝社の出版書誌情報、JBpress、NewsPicks出演内容、スポニチアネックス、テレビ番組放送記録。

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新井 朋也
デジタルマーケター 新井 朋也
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住宅設備と家電の取材歴10年。型番・定格・保証期間はメーカー公式の仕様表で確認し、実測との差は注記します。

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