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原大智はモーグルを引退した?五輪銅メダルから競輪転向、2026年の現在まで徹底解説

小倉 慎平 小倉 慎平 • 更新: • 公開: • 読了約 23 分
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原大智は、2018年平昌オリンピックの男子モーグルで銅メダルを獲得した元フリースタイルスキー日本代表であり、現在は競輪選手として活躍しているアスリートです。北京オリンピックでは7位入賞を果たしましたが、2022年3月にモーグル競技からの引退を決断しました。実は、平昌五輪後の2019年から競輪選手を目指し、2020年にはプロデビューを果たしています。

2026年10月現在、原大智は競輪のS級2班に所属し、競走得点104.80を記録。加えて、2026年ミラノ・コルティナ冬季オリンピックでは、TBSテレビのアスリートゲストとして出演者に名を連ねました。なぜ五輪メダリストが競輪に転向したのか、モーグル引退の理由は何だったのか。二つの競技に挑んだ異色のキャリアと、現在の活動を詳しく整理します。

【結論】原大智はモーグルを引退済み!2022年から競輪に専念

原大智モーグル

原大智は、すでにモーグル競技を引退しています。引退したのは2022年3月で、北京オリンピックを終えた後の決断でした。

引退については、2022年4月6日に公開された月刊競輪WEBのインタビューで、本人が明確に語っています。

「はい、もう未練なく引退しました。ここからは競輪に絞っていきます」

この発言から分かるのは、モーグルを一時的に休んでいるのではなく、競技者としての活動を終え、競輪を本業として選んだということです。

注目したいのは、原がモーグルを諦めて競輪に移ったわけではない点です。平昌五輪の銅メダリストとして世界の舞台を経験し、北京五輪でも7位に入賞。その間、競輪選手としてのキャリアも築いていました。

2019年に日本競輪選手養成所へ入り、2020年にプロデビュー。北京五輪までは二つの競技を並行して続けていましたが、最終的には両立の難しさを踏まえて競輪一本に絞っています。

引退理由は二つの競技を同時に極める難しさ

引退の背景を詳しく知るうえで参考になるのが、2025年12月24日に公開されたREAL SPORTSの本人インタビューです。

原は、北京五輪までの期間について、ほとんど休んだ記憶がないほど忙しい日々だったと振り返っています。競輪の練習を基本にしながら、合間にモーグルの練習を組み込む生活を続けていました。

午前中に競輪の練習を行い、午後からスキーの練習に取り組む日もあったといいます。競技特性の異なる二種目を同時に高いレベルで維持することは、身体面でも時間面でも大きな負担でした。

本人も、二つの競技を同時に極め続けることには限界を感じていたと説明しています。

つまり、モーグル引退の直接的な背景は、北京五輪後に競技人生の方向性を整理し、競輪に集中する決断をしたことにあります。7位という結果への失望や、競技上のトラブルが引退理由だったとする説明とは異なります。

【モーグル時代】平昌五輪銅メダルから北京五輪7位までの輝かしい実績

原大智のモーグル選手としての実績は、平昌オリンピックの銅メダルだけではありません。世界選手権でも表彰台に立ち、国際舞台で安定した実力を示してきました。

2018年平昌オリンピックで日本男子初の銅メダル

原が大きく注目されたのは、2018年2月の平昌オリンピックです。

フリースタイルスキー男子モーグルに出場し、決勝で82.19点を記録して銅メダルを獲得しました。

このメダルは、冬季オリンピックのフリースタイルスキー男子種目における日本人初の表彰台という歴史的な成果でした。

当時の原は、世界選手権やワールドカップで数多くの表彰台を経験したスター選手というわけではありませんでした。それでも、初出場の五輪で大舞台に強い勝負強さを発揮し、日本のモーグル史に残る結果を残しました。

2019年世界選手権でも銅メダルを獲得

平昌五輪の翌年、原は2019年2月にアメリカ・ユタ州ディアバレーで開催されたフリースタイルスキー世界選手権に出場しました。

男子モーグルで81.66点を獲得し、3位で銅メダルを獲得。加えて、日本競輪選手養成所の公式プロフィールでは、デュアルモーグルでも3位だったことが記録されています。

五輪での一度限りの活躍ではなく、世界選手権でも結果を残したことは、原の競技能力を評価するうえで要点です。

2022年北京オリンピックでは7位入賞

2022年の北京オリンピックでは、男子モーグルで7位に入賞しました。

平昌五輪の銅メダリストとして臨んだ大会であり、同時に競輪選手としての活動も進めていた時期です。

2022年4月の月刊競輪WEBのインタビューでは、北京五輪について、競輪選手としてオリンピックに出場できたことを大きな誇りに感じていたと話しています。

特に印象的なのは、本人が競輪選手として五輪に出場できたことについて、平昌で銅メダルを獲得したとき以上にうれしく、価値のある経験だったと振り返っている点です。

原にとって北京五輪は、モーグル選手としての挑戦を締めくくる大会であると同時に、新しい競技人生へ進む節目でもありました。

原大智のモーグル主要成績一覧
  • 2017年:冬季アジア大会・デュアルモーグル銀メダル。
  • 2018年:平昌オリンピック・男子モーグル銅メダル。
  • 2019年:フリースタイルスキー世界選手権・男子モーグル銅メダル。
  • 2019年:世界選手権・男子デュアルモーグル3位。
  • 2022年:北京オリンピック・男子モーグル7位。

これらは日本オリンピック委員会(JOC)やKEIRIN.JPの選手プロフィールなどに記録されている主要実績です。モーグルの競技人生を通じた全大会の勝利数を示す単一の通算数字とは区別して見る必要があります。

【競技転向の真相】原大智が競輪を選んだ理由と二刀流への挑戦

五輪メダリストが別の競技に転向するケースは珍しくありませんが、原大智の選択が特に注目されるのは、競輪という新しい競技で一からプロを目指したことです。

競輪との出会いはトレーナーからの勧め

競輪に興味を持ったきっかけは、モーグルのトレーナーからの勧めでした。

2019年5月に公開された競輪関連メディア「けいりんマルシェ」の入所時インタビューで、原は5年ほど前からトレーナーに競輪を勧められていたと説明しています。

当初は冗談だと思っていたものの、熱心に誘われたことで興味を持つようになりました。平昌オリンピックが開催された2018年2月ごろには、競輪選手になることを決めていたといいます。

実際に自転車トレーニングを始めたのは2017年夏ごろ。平昌五輪でメダルを獲得する以前から、次の競技人生を見据えて準備を進めていたことになります。

競輪を選んだもう一つの理由はセカンドキャリア

2025年のREAL SPORTSのインタビューでは、競輪転向について、将来の仕事やセカンドキャリアを考えたことも理由の一つだったと明かしています。

トップアスリートとして長く活躍し続けられれば問題ありませんが、競技によっては20代後半から引退を意識する場合もあります。競技を離れた後の人生を考えたとき、スポーツを仕事として続けられる環境に魅力を感じたのです。

原が惹かれたのは、競輪が身体能力を生かして収入を得る職業競技であるという点でした。

ただし、転向当初から競輪が自分に向いていると確信していたわけではありません。本人はインタビューで、実際に自転車に乗ってみても自分に合っていると感じる部分はなかったと振り返っています。

五輪メダリストという肩書きがあっても、別競技では初心者からのスタートです。原はこの現実を受け止め、新しい環境で実力を積み上げる道を選びました。

2019年、日本競輪選手養成所の特別選抜に合格

2019年4月、原は日本競輪選手養成所の第117回特別選抜入学試験に合格しました。

この特別選抜は、オリンピックや世界選手権などで実績を残した選手に認められる受験資格です。通常の受験ルートとは異なり、他競技での国際的な実績を背景に競輪選手を目指せる制度です。

同年5月9日に入所式が行われ、原は養成所で本格的な訓練を開始しました。

しかし、五輪メダリストだからといって養成所で順調に進んだわけではありません。長時間の高負荷トレーニングや規律の厳しい寮生活に苦労し、記録会でも思うような結果を残せませんでした。

デイリースポーツの2020年5月の報道によると、2019年5月の第1回記録会では72人中、400メートルのタイムが最下位。9月には1000メートルの規定タイムをクリアできず、退所の危機に陥ったものの、追試で基準を突破しています。

この経験は、モーグルで世界の舞台を経験した原にとっても、大きな試練でした。

2020年5月15日に競輪デビュー

養成所を卒業した原は、2020年5月15日に広島競輪場でプロデビューしました。117期としての新しいキャリアのスタートです。

当初はモーグルとの二刀流を掲げており、2022年北京オリンピックを目指す考えを持っていました。

その後、競輪選手として経験を積みながらモーグルの日本代表活動も継続。2022年の北京五輪出場を実現し、大会終了後にモーグルを引退しました。

この流れを見ると、競輪転向は北京五輪の後に突然決めたものではありません。平昌五輪後に始まった長期的なキャリア設計だったことが分かります。

【競技人生の年表】モーグルと競輪の関係・転換点を一覧で整理

原大智の経歴を理解するには、モーグルと競輪を別々のキャリアとして見るだけでなく、二つの競技が重なっていた時期を把握することが大切です。

以下は、JOC、KEIRIN.JP、競輪関連メディア、本人インタビューなどで確認できる主な出来事をまとめたものです。

時期 出来事・競技 主な実績・意味
小学6年生ごろ モーグル開始 本格的に競技へ取り組み始める。
2017年 冬季アジア大会 デュアルモーグル銀メダル。
2018年2月 平昌オリンピック 男子モーグル銅メダル。
2019年2月 世界選手権 モーグル・デュアルモーグルともに3位。
2019年4月 養成所の特別選抜試験 第117回特別選抜入学試験に合格。
2019年5月 日本競輪選手養成所入所 競輪選手を目指す本格的な訓練を開始。
2020年5月15日 競輪デビュー 広島競輪場でプロ選手として初出走。
2022年2月 北京オリンピック 男子モーグル7位入賞。
2022年3月 モーグル引退 競輪一本に専念することを決断。
2024年7月 S級2班へ昇格 競輪の上位クラスで新たな挑戦。
2025年7月 A級1班 級班変更を経験。
2026年1月 S級2班へ復帰 再びS級の舞台で競技を継続。
2026年2月 ミラノ・コルティナ五輪 TBSテレビのアスリートゲストとして出演者に掲載。

この年表から見えてくるのは、原がモーグルを引退する前に、すでに競輪選手としての基盤を築いていたことです。

また、特別選抜で入所したからといって、競輪でもすぐにトップクラスへ到達したわけではありません。養成所での苦戦やデビュー後の階級昇格など、地道な積み重ねが現在につながっています。

【2026年最新】原大智の現在は競輪S級2班!競走得点と通算成績

2026年10月現在、原大智は宮城県登録の競輪選手として活動しています。登録番号は015418、期別は117期です。

KEIRIN.JPの公式選手プロフィールでは、2026年1月1日付でS級2班に所属。2025年後期にA級1班を経験した後、2026年からS級へ復帰しています。

2026年10月時点の最新プロフィール
項目 内容
氏名 原大智
生年月日 1997年3月4日
年齢 29歳
登録地 宮城県
登録番号 015418
期別 117期
現在の級班 S級2班
脚質 両
競走得点 104.80
師匠 和田圭

出典:KEIRIN.JP公式選手プロフィール。級班・競走得点は2026年10月27日更新情報に基づく。

2026年の競走成績はどうなっている?

2026年10月27日更新のKEIRIN.JP公式データでは、原の2026年の通算成績は以下のとおりです。

  • 総出走回数:62回
  • 1着:10回
  • 2着:8回
  • 3着:17回
  • 着外:26回
  • 優勝:0回
  • 勝率:16.1%
  • 3連対率:56.4%

また、2026年10月28日更新の直近4か月の成績では、27走で6勝、2着5回、3着6回。競走得点は104.80で、3連対率は62.9%となっています。

この数字を見ると、S級2班の舞台で着実に戦績を積み上げていることが分かります。

競輪の通算成績は?

2026年10月27日更新のKEIRIN.JP公式データによる通算成績は、次のとおりです。

  • 総出走回数:432回
  • 優勝:8回
  • 1着:97回
  • 2着:85回
  • 3着:64回
  • 勝率:22.4%
  • 2連対率:42.1%
  • 3連対率:56.9%

ここで注意したいのが、「優勝8回」と「1着97回」は別の数字だという点です。競輪ではシリーズ全体の優勝回数と、個々のレースで1着になった回数は区別されます。

また、2026年8月11日公開の月刊競輪WEBの記事では、7月の前橋GⅢドームスーパーナイトレースで決勝に進出し、3着に入ったことが紹介されています。

原本人は、決勝で勝ち切れなかったことを悔しがり、さらなる脚力向上を課題に挙げていました。

同記事では、位置取りにこだわり、状況を考えながらレースを組み立てるようになったとも説明しています。単純な身体能力だけでなく、競輪特有の駆け引きやレース展開への対応力を磨いている段階です。

【2026年ミラノ・コルティナ五輪】原大智は解説者?出演情報の真相

原大智について検索すると、2026年のミラノ・コルティナ冬季オリンピックで解説者を務めたという情報に関心を持つ人もいます。

実際に、原は同大会に関連するテレビ出演者情報に名前が掲載されています。

TBSテレビの公式出演者ページにアスリートゲストとして掲載

TBSテレビの2026年ミラノ・コルティナオリンピック公式出演者ページには、原大智の名前が「アスリートゲスト」として掲載されています。

紹介されている経歴は、2018年平昌オリンピックのフリースタイルスキー男子モーグル銅メダルです。

同じアスリートゲストには、スキージャンプの葛西紀明、スピードスケートの菊池彩花、カーリングの吉田知那美など、五輪経験を持つ選手が名を連ねています。

ここで正確に区別したいのは、TBSの公式ページ上の肩書きが「アスリートゲスト」であり、「専任解説者」と明記されているわけではないことです。

したがって、原の五輪関連の活動については、アスリートゲストとして出演者に選ばれたことが確認できる事実です。解説者という呼び方だけで、放送上の正式な役職まで断定するのは適切ではありません。

元モーグル選手としての経験が生きる分野

原は平昌五輪で銅メダルを獲得し、北京五輪でも7位に入賞した元日本代表選手です。

モーグルは、コブ斜面でのターン技術、エアの完成度、スピードなど、複数の要素が評価される採点競技です。

実際に世界の舞台を経験した原だからこそ、選手が直面するプレッシャーや技術面の難しさを理解できる立場にあります。

加えて、現在は競輪選手として異なる競技に取り組んでいます。競技者としての経験を持ちながら、新しいスポーツの世界にも身を置いている点は、五輪を伝えるうえでも興味深い経歴です。

【プロの結論】原大智の二つの競技人生から分かる本当の強さ

原大智のキャリアで特に注目すべきなのは、平昌五輪のメダリストという実績に安住せず、まったく異なる競技に挑戦したことです。

モーグルで培った精神力は競輪にも生きている

2025年のREAL SPORTSのインタビューで、原はモーグルを通じて最も鍛えられたものとして精神力を挙げています。

世界の頂点を目指す過程では、努力しても結果につながらない経験を何度も味わったといいます。その経験から、心が折れると技術や身体の力まで発揮できなくなることを学んだそうです。

この考え方は、競輪への転向後にも生きています。

養成所では思うようにタイムが出ず、同期との差に苦しんだ時期もありました。それでも途中で諦めず、プロデビューまでたどり着きました。

競輪デビュー後も、同期の選手が昇格するなか、自分はA級3班に長くとどまったことが精神的な負担になったと本人は振り返っています。

五輪メダリストという過去の実績が、新しい競技での成功を保証するわけではありません。原の歩みは、異なる分野で実力を築くには、以前の肩書きを手放して挑戦する必要があることを示しています。

競輪とモーグルに共通点はあるのか

原本人は、2026年8月の月刊競輪WEBのインタビューで、モーグルと競輪に特別な共通点はないと話しています。

確かに、モーグルは雪上のコブ斜面を滑り、競輪はバンクを自転車で走る競技です。必要な技術や勝負の仕組みは大きく異なります。

一方、両方の競技に共通しているのは、瞬間的な判断力や身体能力に加え、長期的なトレーニングを継続する精神力が求められることです。

原自身も、競輪のレースでは位置取りを重視し、頭を使って走るようになったと語っています。

モーグル時代の経験をそのまま競輪に持ち込むのではなく、新しい競技に必要な技術や判断力を身につけてきたことが、現在のS級2班という立場につながっています。

今後の目標は競輪での活躍と競技転向の先駆者になること

2026年8月の月刊競輪WEBの記事で、原は競輪選手としてさらに活躍することに加え、冬季競技の選手たちにも競輪を知ってほしいという目標を明かしています。

自分が競輪選手になってよかったと感じているからこそ、異なる競技から競輪に挑戦する選手が増えてほしいという考えです。

これは単に自分の成績を伸ばすだけではなく、他競技のアスリートに新しいキャリアの可能性を伝えたいという思いでもあります。

2026年はS級2班に復帰し、競輪の上位カテゴリーで戦い続けています。GⅢ決勝での上位進出など、さらなる飛躍を目指す段階です。

平昌五輪の銅メダリストという過去の実績と、現在の競輪選手としての成績を分けて見ることが、原大智の現在地を理解するポイントになります。

【原大智のモーグル・競輪に関するよくある質問(FAQ)】

Q1:原大智はモーグルを引退したのですか?

A1:はい。2022年3月にモーグル競技を引退しました。北京オリンピックを最後に競技を終え、本人もインタビューで未練なく引退し、競輪に専念すると明言しています。

Q2:原大智のモーグル引退理由は何ですか?

A2:モーグルと競輪の二つの競技を同時に極め続けることに限界を感じたためです。北京五輪終了後、競輪一本に絞る決断をしました。また、競輪転向の背景には、将来のセカンドキャリアを考えたこともありました。

Q3:原大智は平昌・北京オリンピックで何位でしたか?

A3:2018年平昌オリンピックの男子モーグルで銅メダルを獲得しました。2022年北京オリンピックでは男子モーグル7位に入賞しています。

Q4:原大智はいつ競輪選手としてデビューしましたか?

A4:2020年5月15日です。日本競輪選手養成所の第117期生として、広島競輪場でプロデビューしました。

Q5:2026年現在の原大智の競輪での級班と競走得点は?

A5:2026年10月時点ではS級2班です。KEIRIN.JPの10月27日更新プロフィールでは、競走得点104.80となっています。

Q6:原大智はミラノ・コルティナ五輪で解説者を務めましたか?

A6:TBSテレビの2026年大会公式出演者ページでは、アスリートゲストとして掲載されています。正式な掲載区分は解説者ではなく、アスリートゲストです。

原大智は、2018年平昌オリンピックの男子モーグルで銅メダルを獲得し、2019年世界選手権でも銅メダルに輝いた実力派アスリートです。2022年北京オリンピックでは7位に入賞し、その後、同年3月にモーグル競技を引退しました。

競輪への転向は、平昌五輪後に始まった計画です。2019年に日本競輪選手養成所の特別選抜に合格し、2020年5月にプロデビュー。北京五輪までは二刀流に挑戦し、引退後は競輪一本に集中しています。

2026年10月現在はS級2班に所属し、競走得点104.80を記録。競輪の通算成績も432出走、優勝8回と、新しい競技で着実に実績を重ねています。

加えて、ミラノ・コルティナ冬季オリンピックではTBSテレビのアスリートゲストとして公式出演者に掲載され、元五輪メダリストとしての存在感も示しました。

原大智の魅力は、五輪のメダルという過去の栄光だけではありません。一つの競技で頂点を経験しながら、別の世界で初心者として努力を積み重ね、プロ選手として新しい目標を追い続けていることです。

今後の注目要点は、競輪S級2班でのさらなる成績向上と、GⅢなどの上位開催で優勝をつかめるかどうか。モーグルで培った精神力を武器に、競輪選手としてどこまで成長するのか、引き続き注目したいところです。

編集上の主要参照資料
- JOC「原大智」公式プロフィール・オリンピック成績。
- KEIRIN.JP「選手プロフィール」2026年10月27~28日更新データ。
- 月刊競輪WEB「原大智」2022年・2026年インタビュー。
- REAL SPORTS「なぜ原大智は『合ってない』競輪転向を選んだのか?」2025年12月24日。
- TBSテレビ「2026ミラノ・コルティナオリンピック 出演者」公式ページ。

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小倉 慎平

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